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「どういふことでせうね、まあ!」
馬喰達はそつと肱をつゝき合つた。徳次は「鬼倉」といふ言葉を聞いた。そのとき、彼のきよろりとした、酔つた眼の中には、突然いかにも心外さうな、又跳ね上るやうな色が動いた。彼はちよつとぐらりとし、目をつむり、それからぐつと男の方を挑いどむやうに眺めた。馬喰達は小声で、出よう、と云つた。が、徳次はきかなかつた。もう一度大きく上半身をぐらりとさせ、大声で、
そして、少し横手に身をひきながら、しげしげと房一を眺めた。感慨無量、と云つた態ていであつた。
男は語尾に力を入れて、房一の眼の中をのぞきこんだ。
しきりにすゝめられたが、道平は縁側に出て、いつのまにか下していた着物の裾を又尻からげにかゝつていた。頑固といふほどではないが、その様子には円味のある手ごはさと云つた風なものが感じられた。
「さうだな、相沢の先代はひどく知吉さんを毛嫌ひしていたさうだな。だが娘がくつついているから仕方がないといふわけでね。――だから、甥にあたる喜作さんを養子にして、それに老後をかゝるつもりだつたのだらう。その時、喜作さんの方に財産を分けたんだよ。ところが、娘が男の子を産んだ。今の市造といつたかな。嫌ひな知吉の子でも、孫にはちがひない、孫は可愛いゝといふわけでね、喜作さんにはそのまゝ財産をつけて神原の方へ籍をもどしたんだな。――それを今かへせといふわけよ」
河原町の人達は皆自家の仕事をはふり出して川に出ていた。彼等の悉くがこの時期には漁師になつたかのやうであつた。まるで諜しめし合せたやうに同じ麦藁の大きな帽子をかぶつて、白いシャツを着こみ、魚籠びくと追鮎箱とをガタつかせながら、めいめいの家の裏口から河原に現れるのだつた。
まだぎこちなく坐つて伏目に固くなつている堂本の様子から、自分が誰かといふことは判つてはいるのだなと思つた房一は、
「どういたしまして。お茶位さし上げんと」
前に書いた「な」の字さんの知っているのはちょうどこの頃の半之丞でしょう。当時まだ小学校の生徒だった「な」の字さんは半之丞と一しょに釣に行ったり、「み」の字峠とうげへ登ったりしました。勿論半之丞がお松に通かよいつめていたり、金に困っていたりしたことは全然「な」の字さんにはわからなかったのでしょう。「な」の字さんの話は本筋にはいずれも関係はありません。ただちょっと面白かったことには「な」の字さんは東京へ帰った後のち、差出し人萩野半之丞はぎのはんのじょうの小包みを一つ受けとりました。嵩かさは半紙はんしの一しめくらいある、が、目かたは莫迦ばかに軽い、何かと思ってあけて見ると、「朝日」の二十入りの空あき箱に水を打ったらしい青草がつまり、それへ首筋の赤い蛍ほたるが何匹もすがっていたと言うことです。もっともそのまた「朝日」の空き箱には空気を通わせるつもりだったと見え、べた一面に錐きりの穴をあけてあったと云うのですから、やはり半之丞らしいのには違いないのですが。
ところが、徳次はぽかんとした表情を浮かべたきりだつた。
「もう着てみましたか」
と、腰をたゝいてみせた。そこにはまだ一足、紙衣の下からはみ出すやうに、ぶら下つていた。